Hyper Carronade

灰色のはい

コミティア反省会

 

コミティア無事終了しました。お疲れ様でした!

早速反省会と洒落込みたいところですが、イベント後の現在お腹空きすぎて入ったコメダ珈琲味噌かつパンの常識の範囲外のデカさにおののいております。何も知らずにミニシロノワールまで一緒に頼んでしまった空木の運命や如何に。

 

新刊ですが
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装丁がなかなかうまく思い通りにいったので満足です。いやこんなにメタルメタルしいのは想定外でしたが。ケチらず追加料金払ってマットPPにして良かったです。

それから遊び紙も短編集の漫画達全部舞台が冬なので雪っぽくできて良かった。この遊び紙すごく綺麗でいいなあ。気に入った。

買いに来てくれた同級生にいつも装丁綺麗って言われたのが嬉しかった。ちょっと印刷代高くついても装丁拘りたいね。

 

イベント自体はなんか濃かったです。

と言っても空木は今回席外す時間が長かったのでその分スペースで暇してる時間が少なかったから余計濃く感じたんでしょうね。

実は隣のスペースの方がプロの方で、めっちゃ売れる横で誰にも見向きもされない状態が精神衛生上良くなかったのでゆっくりめに差し入れ配りをして雑談もたくさんしました。自由に使えるお金が増えたから差し入れもバンバン渡せるようになったのが嬉しいところ。

差し入れ配りだけでなく四階にある西3・4ホールとの行き来が大変でそこでも時間かかりましたが…。

差し入れもたくさん頂いたな…。なぜか差し入れ渡しに行ったのに逆に貰うこともあったな…。キャスト(オリキャラ)っぽい紅茶を貰ったので帰ったら飲みたいけれどコメダパンチの後遺症で明日になるかな…。

漫画自体はいつも通りの売れ行きでした。全然売れてないと思ってたけどいつも通りだった。大体フォロワーさんのおかげだ…。ありがたい。

久し振りに会う同級生や先輩達と喋れたのが楽しかったな。高校卒業以来全く会ってなかった子も来てくれた。他の友人の売り子をしていたらしい。イベントが濃いなと感じたのは50%くらいこの子のせい。いやあこの子はよう喋る。こんな密度の高い会話を毎日しているだろうからすごい頭が良い。変わってない。久し振り過ぎるのに挨拶みたいなのもそこそこに 最近の悩み事を話し出したのには笑ってしまったし嬉しかった。お互い高校卒業から色んなことを経て数年過ごしたはずなのに、私との会話は高校生の続きみたいな感じだった。

 でも最近の私は自分の一貫性っていうかそういう確固たる芯みたいな物が弱っている気がしている。明日の自分はまた違う自分になってしまう。毎日別人みたいになって自分がどういう人物なのか分からなくなる。

その子から見た高校時代の私は強い人間だったらしい。絶対に曲げない譲れない物があるように見えていたらしい。もう自分ではあまり思い出せないけどやたら個性にこだわっていたよ。制服に帽子にブーツにカラータイツのファッション、油絵の具で汚れたスカートを頑なに買い替えなかったり(注意された)ルーズソックス履いて来たり(怒られた)制服は安全ピンだらけ。漫画もなんかやたらアメコミっぽくしてみたり謎にテンション高いし漫研でも絶対上限20ページくらいまで描いていたし、確かにこうやって列挙していくとなんか強い。目立ちたくは無かったけど自分という存在が埋もれるのが許せなかったし、同じクラスの”普通の”高校生たちに、合わせたいような魅力は無かった。

それから美術部や漫研には天才がたくさんいた(今日来た子もその一人)から、ライバル心を勝手に燃やしていた。負けたくなかった。何の勝負?

絵とか漫画描いてないと死ぬ人種だから命かけてたな。いつから腑抜けたんだろう私は。

 

絶対に美術予備校のせいだと思ってる。

 

そうそう、今日が濃い理由のもう一つはその子に発破掛けられてというかパワー貰って閉会30分前に急遽出張編集部へ新刊を持って行ったんです。 

一応本命としている編集部は無かったけど、比較的近しい雰囲気のところに行った。

初めてだったんだけど、あんな紙切れ一枚ちょこっと描くだけで作品を編集者に見てもらえるってすごいや…。もっと事前にはがきとか送って予約しないと駄目だと思ってた。調べすらしなかったのは作品が講評されることがトラウマと化していて怖いからそもそも行くつもりなんて微塵も無かったんだ。

結果としては、怖いくらい優しかった。

勿論褒めっぱなしって訳じゃなく褒めつつアドバイスをくれた。なのに全然傷付かなかった。なんで?穏やかな喋り方だったからかなあ。優しすぎる…。

終わりの方に行ったから編集者さん疲れてるだろうし緩くなっている可能性も否めないけど本当に良いの??貶さないの??って心配になるくらい、優しかった…。昨今の流れ的にもそうなのかもしれないね。優しく否定せず自己肯定感を育てる感じ。

講評の正しい在り方がどれかは分からないけど、通ってた美術予備校の大人数の中で作品の良し悪しを上中下に分けられて大人数の前で貶されたり無視されたりした講評よりこっちが良い。

予備校で大分心が折れたな…。大学でも折れたけど予備校で念入りに折られたせいだ。何度涙を流し総武線に飛び込もうと思ったのか。予備校が編集者さんみたいに優しさで包まれつつ良くなるようにアドバイスをしてくれて自己肯定感くれる感じだったら大学も卒業まで頑張れたかも知れない。いやそんなぬるま湯じゃそもそも美大には受からないのかな。分からないけど。

話が逸れたけど、作品の評価として、背景良く描けてる、資料たくさん見たのが分かる、余韻を残す情緒的な描写〇、一番最初の漫画の人物が一番いい、絵も良い、トミタさんみたいな人いるよねキツイけど悪い人って訳じゃない人、物語の種は良い、物語の終わりを区切るのが早い、もう少し物語の顛末が見たいってなっちゃうからもう少しページ数あっても良い、物語を経て主人公がどんな心境になったかが読みたい、キャラクターが背景に溶け込むタイプの絵だから微妙な匙加減になるけどモブと主人公格で差をつける、資料をたくさん見て背景を描いているから物語も資料をたくさん見て作っていくってのも良い。

ね、優しいでしょう。

意訳やうろ覚えの箇所もあるけど、概ねこのような事を言われた。

更にはもし商業で漫画描きたいと思う時が来たら連絡下さい、作品すごく良かったですとまで言われた。優しい…。

でもまだ私自分の為にしか漫画を描けない。他の人に娯楽を提供するための漫画、正直一生描ける気がしないんだよ。同人みたいに自分の為に描いた漫画を読んで好きって言って下さる方が徐々に集まる感じで割と満足している自分がいる。

まあでもプロでもアマでも本質的には良い作品を作る事を目指すという根元が一緒だから、案外心持ちはそんな変わらないのかな。それも雑誌の色によるか。

 

色んな事を考えた今日のイベント。もっと頭働かせて、また1からでも自分の確固たる譲れないこだわりを思い出さなきゃ。そしてやっぱり私は作品作らないと死ぬ勢であると実感した。

 

ああ、設営の反省点が少しある。

クリップをちゃんと持ってくること。メニュー表もう1サイズ大きい方が見やすいかもしれない。それかもう少し上の方、かがまなくても読める程度の高さに。見本の周りにごちゃごちゃ物置かない。見本は取りやすい位置に置く。いい加減イベント用のテーブルクロスを買うか作るか。あとPN変えすぎて名刺が無いから作る。漫画の本文ページを印刷して貼っておく。かな。

 

いやあイベント本当にお疲れさまでした。

 

結局味噌かつパンは1/3残してテイクアウトにしました。

 

猫とさよなら

実家の猫が死んでしまった。

悲しみたくない。ただ在り方が変わるだけだもん。肉体を脱いで毛玉を脱ぐだけ。形が無くなるだけ。

よく生きた。生きたことを讃え認めるのに悲しい涙ばかりでは華やかでは無い。

あまり亡骸には触らないようにした。触りすぎるとこの肉体だけが猫なのだと勘違いしてしまいそうなる。私は違うと思っている。思いたい。

死ぬって何なんだろうと思う。本当は消失するわけじゃ無くて一種の変化なんじゃ無いかと思う。

でも母と妹は亡骸を撫でながら話し掛けている。やめて欲しい。もうやめてくれ。悲しみたくない。

亡骸を家から運ぶとき、そして箱に入れるときに抱っこした。めちゃくそ重かった。けどぐにゃんぐにゃんして今にも零れ落ちそうだった。鼻から汁が垂れていた。制御のきかなくなった猫の肉体はただ早く焼きたかった。

けれどなんで骨壺に入った姿だけでこんなに悲しいんだろう。生命が止まってから正しい形に移ったのに、良いことなのに、なんて悲しいんだろう。改めて感情は善悪とは違うところにあると思った。

分骨したので手元に少し小さめの骨の集まりがカプセルの中に入ってる。

猫が生きた時間と真っ正面から向き合えるだろうか。

具合が悪いって聞いて、今月は無理そうだから来月実家に帰って顔を見ようと思っていた。普通に会えると思ってたんだけど、生きている内に会えなかった。それがすごく心残りだ。

母が心配だ。色々あったし猫と一緒にいた時間が長いから依存しているって本人も言ってたし、本当に一人になってしまう。

これから見送るという機会が増える。

嫌だな。誰も見送ること無く私が先に死にたいよ。

原稿の修羅場、バイト連勤、モンエナとカフェオレを交互に飲みながら血祭りにぶち当たり風邪を引き死にそうになっている空木です。

いやあ、こんなに締め切りに追い込まれる事なんて初めてじゃないか?ていうか同人誌即売会出るの一年ぶりだからな…しかもその1年前の時バイト勤務時間めっちゃ短かったから原稿やる時間たっぷりあったもんな…。

社会人として立派に働きながらコンスタントにイベントで新刊出してる人達すげえな…。

あと背景だけのコマを倒して、全ページ仕上げをして、スキャンして写植とトーン。それから表紙。それをあと一週間で終わらせなければならない。関節を襲う悪寒を宥めながら…

もっと効率の良い原稿の書き方をすれば良いんだけどね。背景とかごちゃごちゃ描いても正直無駄なんだろうけど背景描くのはわりと好きだしそもそも手の抜き方が分からないから全部描き込んでしまう。

でも大丈夫。辛いのはあと4ページ分だけ。その他はまあ手動かしてれば出来上がる。

 

というわけで進捗でした。やっぱり睡眠は大事だ。今日は寝ます。

芸術についてちょっと思った事をメモ程度に。

 

今はインスタグラマーとかツイッター漫画家とかユーチューバーなどが代表的なようにSNSなどによって誰もが創作者になれる。

芸術を楽しむ心も育まれていないのに。

私はこの国の芸術に対する意識は段々レベルが下がっているように思う。

なんでも規制、不愉快だから規制。不謹慎だから規制。炎上。見る側も作る側でさえもやっちゃあかん事をやってしまう。単に楽しみ方の知識、「楽しい」への理解、センスが足りないんだと思う。

人の事を言える立場では無いけど、創作者の母数の中にそういう芸術齧ったことの無い人が爆発的に増えて、一気にただの学校会社みたいな人間構成になってしまっているのかな。それで学級委員長みたいな人達が現れてしまって「皆気持ちよく仲良く楽しくやりましょう」とか言い出すから個人レベルの気に食わない物がどんどん追いやられてしまうような。「嫌い」と「悪」は違う所にあるものなのにそれすら分からない人達が大きい声を上げる。それはやめてほしいよな。

私は芸術はどこまで自由なのか分からないけど、特定の個人への攻撃に使ったり単なる犯罪行為は駄目だと思っている。一応人間だし。芸術家は人間を超越するのかっていったらそんな傲慢な事あるか、とも思う。作品はともかく作家は人間だし。

善は線引きが無い曖昧な物だけど、悪は存在すると思っている。

よく炎上してるユーチューバーの過激な動画とかいじめ動画は、容疑者が「面白いかなと思った」とか証言している事多いけどあれは悪なのはそうだけどそもそも面白いのセンスが無いなーと感じる。

芸術が大衆の物になる。手軽になる。

良い面もあるんだろうが、いかんせん我が国は芸術の教育が足りない。全体的に感性を磨く教育が足りてない。そうなると結局せっかく与えられた芸術も適当な玩具にされて汚されて捨てられるだけだ。なんとかできないものか。

こんな事、美大在学中は一応思い馳せたりもしたけどどこかで自分と関係ない所で偉い人が解決してくれる事だと思ってたな。それより自分の事に精一杯過ぎて。

そもそも私の立場はアーティストとは名乗れないただの素人で自分本位に漫画ばっか作ってるだけだからあまりこういう事には関われないかな。

でももう少し勉強したいから海外に行きたいな。

台風も過ぎ去り、こちらは奇跡的に特に被害も無くいつも通りの日常が始まりました。

東北の方結構被害が大きくて、今私がのんびり我がまま平和に過ごしているのが申し訳ない。募金ぐらいしかできない。

 

いやあ、週末は台風はさておきなかなかどうして自分の日では無かったですね。

週末にライブ鑑賞の予定があったのですが、最終的な発表では公演を予定通り開催するとの事で電車が動くのを待って品川まで行ったのですよ。

本当は同居人と行くはずだったのですが、同居人はどうせこのライブも中止になるだろうと踏んで他の予定を入れていやがったのです、私に何も言わずに。ライブ開催するよと言ったけどその他の予定を撤回するわけでも無く。数か月前から行こうね行こうねって言ってた私との約束<当日入れた予定。割と傷付きました。軽んじられてるな~…。

意地でも一人で行って楽しんできてやると思ったのですが会場に着いたらバンドメンバー本人たちが今日のライブはやっぱり中止だと、来た人たちに言っていた。バンドのホームページやツイッターを見たら午前中にそういうアナウンスがあった。

中止はまあ楽しみにしていただけに残念だけどこの台風だからしょうがないし、バンドメンバーも大変だろうにこんな情弱の為にお疲れ様ですとしか言えない。でも結果的に私の気持ちを軽んじ裏切った同居人の判断が正解だった事が気に食わな過ぎて再びメンタルがブレイクしました。

せっかくここまで来たし遅くまでぶらぶらしようと思い六本木の森美術館でやってる展覧会を観に行こうと思ったらこれも80分待ち。80分も一人であんな行列に並ぶ体力は無かった。映画も観たいやつは3時間後のレイトショー。終電に間に合わないので諦めた。世界に拒否されている…。

森美の近くにある喫煙所で一服しようとした。そこからは夜景に映える東京タワーと、その横に満月とまではいかないけど丸い月が浮かんでいるのが見えた。なかなかいい眺めだった。たくさんの人が写真を撮っていた。悠々と煙草吸いながら眺めていると少し機嫌が直った。

麻布通りらへんをぶらぶらするかと思い歩いていた。なかなかよさげな喫茶店を見つけたので入ってみた。トアルコ トラジャを飲みながら左手に煙草、右手に小説をもってゆっくり過ごした。トラジャは浅煎りめの方が香りがあって飲みやすくておいしい。というか深煎りの豆だと皆同じような風味に感じてしまう。コーヒーの味の7~8割は香りだと聞いた。香り命。単に私は苦いコーヒー苦手なだけだけど。でもうちの店で扱っているマンデリントバコは好きだ。

結局20時くらいに東京を離れた。のんびりするのも疲れた。

久し振りに適当にぶらぶらして楽しかった。大学の時を思い出した。いつもこんな感じだった気がする。でもお金が無かったからお店に入らずに本当にぶらぶらするだけだったな。

この家を出たいと思う。

価値観の合わない人とこれから先一緒にはいられない。というか私は人の為に生きられない。

でも言い出すのに勇気がいるなあ。向こうも同じような事思っていてくれればいいのに。

久し振りに風呂で泣いた。

何もかも振り切って捨ててきてそんな人生で良いんだろうか。

 

 

現在はコミティアの原稿に集中している空木です。

4年ぶりに短編集を作るのですがページ数が本文52pになりました。あと一か月で描けるのでしょうか。漫画部分は全部合わせると40p程度なので正直なんとかなりそうな気はしてます。作画は(背景なんか特に)マイペースにやってる長編よりも確実に気を配れないと思います。長編は寧ろ背景描き過ぎてる感じするので今回の手抜きで丁度いい塩梅になると良いな…。後書きもそれぞれの話ごとに書きたい。なにより今回装丁は白印刷を使おうと思っていて、それが楽しみだから新刊絶対出したい。

そもそも受かるとも限らない。抽選になるんだけど今回の応募サークル数1000オーバーしていたと思う。秋だからかな。まあ受からなかったとしても完成させて先に通販で先行頒布、次のコミティアで持っていけば良いかな。

 

ここ一か月ブログ等で自分の近況そんなに発信していなかったな。ツイッターはもう下手な事呟けないSNS認定している。絵や漫画だけ上げられたら良いんだけど、それならpixivとかサイト見てって思う。ツイッターが情報収集、テレビ的な存在となっている。

近況と言っても面白い事何もしてません。いつも通り…。

未読の漫画が溜まっていくばかりです。ちょっとずつ読んでます。今日は吾峠先生の短編集とずっと探していたワヤマ先生の『夢中さ、きみに。』を読みました。どちらも良かったです。鬼滅の刃全巻欲しい。アニメ良かったな…。

小説は通勤の時間に読んでいます。今読んでいるのは梨木香歩さんの『家守綺譚』です。この本の前の前に同著者の『f植物園の巣穴』を読んで、情景描写、主に植物の描き方とか少し硬い文体が好きになったのでちょっとこの人追っかけてみようと思い購入した本だったのですが、めっちゃ好き。怪談とか人ならざる者との交流とか目に見えないけど存在しているものとかそういうのがとても好きなので、この本は人生で読んだ中でベスト5に入るくらい好き。短編集みたいになっていて読みやすいですし。まだ読了していませんが。かの有名な『西の魔女が死んだ』の著者さんですね。これは実は読んだことが無いのです。恥ずかしながら。

固めの文体なのに読むとなんだか優しくて温かい。そういう印象を受けます。

優しい作品が描きたい、決してほのぼの日常系の漫画が描きたい訳では無いんだけど、優しい作品が作りたいな…。

今描いている短編漫画はどれも寂しい。私の漫画って全部悲しくて寂しい。優しい漫画が描きたい…。でも寂しいのも好きだ。

映画は相変わらずあまり見れていません。アドアストラが観たいなーと思っているくらいです。結構前だけど『禁じられた遊び』という古い映画のエモさに打ちひしがれていました。子供の純粋な危うさって良いな…。

それぞれ鑑賞記録するアプリを取っているのですが、映画も小説もまだ人生で合わせて100本も見てないっぽいです。思い出せない作品を入れても多分100本観てない。これはまずいっすね。モノづくりに生きたいと願う気持ちに偽りは無いけど、これはひどいぜ。今年の読んだ小説は今12冊目です。もっと読んでるかなと思ったらそうでも無かったです。頑張らねば~。

その代わりに音楽はそこそこ聴いてます。アマゾンミュージックで。適当におすすめされるアーティストの中から気になる人のアルバムを片っ端から聴いて好きになった曲はプレイリストに入れて最強の作業BGMを作ってる。最近ハマってるのはハンサムケンヤ、ミツメ、古川本舗です。あと今週ライブに行くので楽しみです。

スーツみたいな服とかっこいいロングブーツが欲しい。遠出がしたい。怖い時間まで一人でぶらぶらしていたい。おいしいご飯食べたい。自家焙煎の喫茶店を見つけたい。東北の方で気になる個展があるので遠征に行きたい。しかし東北の冬。結局まだ旧古河庭園にもたてもの園にも川越にも行ってない。今年中にこれらを制覇する事を目標に生きようかな。

 

最近アルバイト先にバリスタさんが入って来て、少し仕事がやり辛いです。

相手の方が知識と経験が豊富で何を考えてやっているのか分からないから仕事引き継ぎすら出来ない。こちらは下手な事出来ない。お客に出すのもバリスタさんが淹れたやつの方が良いだろうから私なんか皿洗いとかカトラリー用意するとか雑務するしかなくなる。少しつまらない。つまりシフトの穴埋め以上の存在価値を奪われてしまった訳だ。

まあ気にし過ぎなんだけどさ。別に私はバリスタ目指してないしお金を稼ぐついでに作品の為の取材をしているだけだから。大丈夫だ。

でも鬱々しいのが治りつつあるのは今のバイト先が楽しくて自由でゆるかったからだから居場所が少し圧迫されて不安になっているところはあるな。どうなることやら。

 

近況は以上です。

引き続き原稿頑張ります。

正解する器とメーデー

人は思想によりけりだけど基本、外殻の内側に自己という不変の魂の存在を信じていて昨日も明日も10年後も自分は自分と考えている。でも人はたくさんいるけどどの人も己は外殻の内側で目に見えない触れないし聞こえないから、相手の事は目に見える情報と自分の経験や知識という少ないヒントから想像するしかない。ましてや二度と会う事のない人の事なんか一つたりとも分からない。自分の自己も引き籠っているから誰にも分かってもらえない。あまつさえ弱音吐くなとか気を使う空気を読むとかそういうしがらみが更に自己に秘密を抱えさせる。みんな孤独。

他人がいつも正しくて、自分はいつも間違っている。そんな意識を持って私は生きてきた。言葉も下手だから私の事なんか誰にも分かってもらえないと口を噤んで更に引き籠る。

作品やら会話、ツイッターの呟きとかでもなんでもいいけど、他人の中に自分の姿を重ねて見ることが出来たら、きっと安心するんだろう。結局自己が内側に引き籠っているから自分が収まるべき形が分からないまま不定形で過ごしていたから、正解している他人の器に自分の器を確認してああ良かった間違ってなかったんだと思いたい、または器の形を真似して許されたいんだと思う。

作品に自己を落とし込んで公開しているのはきっと安心したいからなのだろう。孤独じゃないと思いたいんだろう。自分と同じ形の器を探しているのだろう。

作品の在り方は人それぞれだけど、私の作品はメーデー信号だ。

今次のコミティアの短編集のアイデア出しをちょこちょこやっているんだけど、私は物語を作るのが苦手だと感じた。どうしても自分の思った事とか思想をキャラクターに喋らせるタイプの漫画しか思いつかない。思想から物語に発展させるのが苦手。そこが要修行だ。メーデー信号なら物語にして濁す必要もないかもしれないが。じゃあ漫画じゃなくてもいいじゃんってなるしな。絵とは…字とは…。

前にあるあるネタの作品について思う所があると言った気がするけど、あれは一定の安心感が得られるんだろう。しかも大人数が当てはまる形だから大人数で作品の面白さを共有できる。楽しい面白いっていう感情にはそういう団欒的なものも含まれているのかもしれない。ただ上記の器探し的に言うとこの手の作品は少しお節介な存在なのかもしれない。単に私が天邪鬼なだけだろうか。これ欲しいんでしょはいあげるって投げて寄越されたら途端に要らなくなるタイプの人間は自力で探すしか無いんだわ。そしてその探す過程を寂しいけど楽しいと私なんかは思っているわけだ。