Hyper Carronade

灰色のはい

クリスマス前と年末年始は忙しいみたいです。

今は次なるコミティアに向けて大人しく原稿を進めています。

続きものの漫画を描こうと思って。

でもなんていうか、設定とか大まかなお話考えてる時って無敵時間でめっちゃ楽しいし絶対面白い漫画になるぞ~~って思うんだけど作画の段階になると途端に冷静になって設定の綻びが気になったりお話そのものもこんなん面白い訳ないだろ誰が読むんだみたいなネガティブな気持ちばかり出てきて駄目です。

お話を漫画として表現するのは本当に難しいな…と実感してます。毎度。

色々な物が自分に足りてないと毎日思うのです。思わない日もあるけど。

やっぱり知識が足りない。経験が足りない。センスが足りない。

でもそれでも、書店のレジで漫画のシュリンクバリバリ剥がしてると私やっぱり作家になりてえなあと思うから勉強しなくちゃいけない。大変だ。

アウトプットは正直かなりたくさんしてると思う。

もちろん私より上回る数描いてる人なんていくらでもいるけど、数は描いてる方だとは思う…。

でも上達してるっちゃしてるけど未だ高みへ行けてないのはインプットが圧倒的に足りないからな気がする。

人の作品見るの苦手だからインプットは意識してやらないと本当にしないからそれはいけないなと思う。

あ~

時間はあるにはある。

ただ早く結果を出さなきゃって焦ってるから時間が無いように感じるだけだ。

でも早く結果が出れば安心できるよね。多分ね。生きるのしんどいね。

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今日は写真美術館に行きました。

クレマスターの上映目当てで行きましたが当日券はすでに完売。キャンセルも出なかったので出鼻をくじかれたと言いますか萎えて展覧会の方を見に行きました。

クレマスターのついでに見ようと思っていた『シンクロニシティ』とその下の階でやってた個展です。

収穫は写真への興味が俄然強くなったことと気になる作家さんができた事ですね。

シンクロニシティは正直テーマはすごい面白いと思ったけど結局あの場の作家さん達の作品群を見た後シンクロニシティに納得できなかった。キャプションで無理やりストーリー作ってない?と思ってしまった。私がクレマスターショックであんまり展示に集中できてなかったか?それとも写真の見方が未熟だからか?時代と現在の関わりが見えてくる筈って言われても作家さんが個人個人思い描く表現を研究し突き詰めていく様しか見えなかったし、最後の方とか、これらの作品は未来につながる断片で~みたいな事書いてあってせやなって思ったし正直打ち切り漫画のあおりみたいだなって思った。個々の作家さんの代表作を並べて展示したようなそんな感じはした。最後に蜷川さんの作品があったのもちょっと違和感あった。

あれかな、平成時代の作家さんの作品を展示してさあ見比べてみましょうっていう事なのかな…。

それだったらシンクロニシティしてるのは作家の純粋な魂の目指した痕跡だろうか。

うーん、もやっとする。いや、そこまでシンクロニシティに関して掘り下げ考える展示では無いのかもしれない。あくまで写真史における中間地点なのかもしれない。平成も終わるみたいだしね。ただ最初のキャプションのシンクロニシティという言葉の意味「同時に起こるバラバラの物事が偶然一致したり共通したりする」「時をともにすること」っていうのがすごく印象的だったんだよな。あ、いいな、って思って、思ったけどその次の文の意味がよく分からなかったんだよな。作品はそれぞれ違った世界を持っているけどその世界をじっくり見れば何かが少しずつ関わり合ってることが分かるはず。うーん…。言わんとしてることは分かるんだけど、わかんなかったなあ…。やっぱり私には作家さん達の作品がいっぱいだなとしか思えない。

時代らしさ、平成らしさ、というのもこの展示のテーマの一つだけど作家性しか見えなかった。それはまだ今が平成只中だから?私が平成を生きているから、平成らしさというキャラクター化ができていないから?それを考える為のなぞなぞみたいな展示なのか?

うーん…展示の見方を間違えた気がしてならない。キャプションはちょっとうるさかったかもしれないけどなんかこうして文字に起こしてると冷静になって彼らの言わんとしている事に真正面から座すことができる。気がしている。

うん。シンクロニシティに関してはそう。個々の作品はとても良かった。

 個展の方は普通だった。

人いっぱいいたなあ。

被写体が家族だったり女性だったり、それらが裸でいる写真が多かった。勝気そうな表情をした女性の写真もちらほらあった。

世界における家庭性、女性性は格好の思想のテーマなんだろうな。学校でもそういうのテーマにして作品作る人いたなあ。考えるべきことが多いものなあ。

でも女性性をネガティブに卑屈に自虐的に表現する人もいる中で、この人はポジティブで強さがあったから良いなって思った。

女性の弱さの部分を自虐的な表現でおどけて表現する作品は私は最も苦手だと感じる。女性性じゃなくても特異性とかそういうのを皮肉めいた表現で描き出す作品はあまり好みじゃない。

この人の作品はすがすがしかった。いいじゃん!っていう感じでした。

いやでも正直クレマスターショックとシンクロニシティのもやもやと人混みであんまり集中してみてなかったけどね…。

今日全然集中できてなかったな。。

 

ミュージアムショップでカメラのフィルムを買った。

 これてっきりインスタントカメラ本体かと思って買って、帰って開けたらフィルムだったでござるの巻でした。

カメラ欲しいなあ…。

写真撮ってみたい。

写真技術に関してはドベそのものです。スマホで撮った写真は記録用のものだけど、作品として写真撮った事、そういえば無いなあ。

やってみたいね。

この間違えて買ったフィルム使って。

 

良さげなカメラがアマゾンで6万…。

六万…出せなくもないが…きついな…バイク免許の為の貯金なのにカメラに消えそう…。

日が経つのが早い。もう11月終わりに差し掛かるなんて。

 

ネットで見るニュースで思うのが日本人ってなんで他人への許容範囲が狭いんだろうって事だよね。

露出多い服着ようが同性の人が好きだろうがどんな事にお金を使おうが、そんなの全くどうだっていい事なのに、逐一目について許せない。均一に均された世界がお好きなんですね。もしかしたらそれを平和な世界とでも言うのかもしれない。

邪推するに日本は国土も狭く人口密度が高い故に他人との距離が近すぎるんじゃないかと思う。物理的にも近いだろうしそれが人間関係に入り込んできて心理的な近さにもつながるんじゃないかと思う。その近さが他人を自分の一部と思い込んでいるのか、はたまた自分に危害を加えられないようにけん制しているのか、自分の常識を押し付けて型抜きしようとするんじゃないか。

この型抜きは恐ろしい。親や近い血の人にやられるとそれが一生残るから。

今日も結婚相手について言われた。そこには女は養われるもの、置物のようにかわいがられるもの、という型が見えていた。私とパートナーの交際の形はおかしいのだと色んな人に言われた。騙されてるんじゃないかとも言われ続けた。でも、私はこれくらいがちょうどいいんじゃないかと思う。相手はどうか知らないけど。確かに音信不通になるのは困るけども。でも相手が私との未来を考えていると分かったからこれでいいんだと私は思ってる。私はこれでいいと思ってるんだ。でも他人からしたら型から外れているらしい。なんかやっぱり母親が恐ろしい。どうして無条件で他人が自分を愛でてくれると思い込めるんだろう。どうして父親と苦労を分かち合おうとしなかったんだろう。母の思う勤めを充分果たしている父親の悪口を言うんだろう。

自分の型抜きで他人が思い通りの形になるのは面白いのかもしれない。

 ナニモノにもなれなかった人はそうやって近い人間関係から征服しているのかもしれない。

だって所詮は他人。距離が近すぎても他人でしかない。

だから狭いのに近いのに孤独なんだ。他人とは適度な距離でいた方がいい。

敵なんかどこにもいないのに出る杭を探しては皆で引っ込めようと叩く。平らな世界のできあがり。

自分を迫害する敵はどこにもいないのに。強いて言うなら敵はその杭じゃなく引っ込めようと叩く人の方だ。そういう人は誰であれ自分の型に合わなかったら叩くんだから。

いや、迫害が怖いんじゃなくて自分が良い思いできないのが不満なのか。そういう人も一定数いるか。

やっぱ人間はくそだな~。

なんかツイッターとか見てても胸糞悪い出来事を「こんな事がありました。拡散希望です」みたいな画像とか漫画にして何万リツイートされて、自然と自分のタイムラインにも表示されて、ただただ胸糞悪いんだよなあ。どんどん人間って嫌だなあって思う。

思うし自分早くツイッターやめちまえばいいのにとも思う。

なんかそういう出来事報告の呟きが多くなった気がする。これも一種の型抜きではとも思う。

こんなことしている人がいるよマジありえなーいみたいな晒し上げ。

それが犯罪行為とか迷惑行為だったらまだ分かるがそういうのツイッターで拡散するのは正直どうかと思ってる。警察とか弁護士みたいなプロ使って法的解決したらいいのに、ネットの味方増やして叩こうとするのはやりすぎなんじゃないか。法でシバき倒したら十分だと思う。手軽に発信された怨念を感じる。まあ色んな事を考えるきっかけにはなるんだけどそういう呟きは。

でもやっぱり胸糞悪いんだよなあ……。

人間って気持ち悪いね。私も無機物に生まれたかった。

生きてますよ

11月ももう半ばでいよいよ寒い。熱風邪ひきました。左手がしびれる。

今年ももう終わる…。早いな…。働いて遊ぶ事に徹そうと思ってこの一年過ごしたけど働き過ぎな気もした。遊ぶ時間がねえ上に身体が疲れて動けない。

早くバイクの免許取らねば。今は毎月2万円を貯金中。

最近ご飯が何食べてもおいしく感じられなくて、あんまり食事したくないんですね。

痩せる分には寧ろ歓迎するのですが体調悪くなると困るからしっかり食べないといけないんですよね。でも食欲がわかない…。意図せぬ拒食症再来か?

通算5回目の引っ越しを控えてゆっくりとまた生活が動き出します。いつになったら落ち着けるのか。どうなるのかな。

漫画描かねば…。

本当はコミティアとか出てる場合じゃないんだけど自分の思い通りの物を作るにはやっぱり『大手じゃない同人作家』でいるのが一番いいんだよな。今丁度いいんじゃないかな。刷る部数もそんなに多くしなくていいし、その分装丁こだわれるし。楽しい…。

正直一生同人作家でも私的には良い…。

でも色んな人に漫画家になるという約束というか誓いを立ててしまっているので後に退けない。退けないようにしたのでなるしかない。

ビジネスでも自由制作でも根本は一緒さ。良い物を作る為に試行錯誤する。仕事は自分の「個」の部分が減るだけ不自由に思うかも知れないし制作に関わった人数だけ責任も伴う。だけどモノづくりという点で思想や美意識はきっと一緒だ。

投稿用の漫画も描かねばなあ……。

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今日は江戸川橋まで行って印刷博物館に行って参りました。

右の現代日本のパッケージ2017という展覧会目当てでした。入場料タダで、よく店先で見かける商品のパッケージのデザインの意図だったり評価だったりを見る事ができ、また知らない商品や梱包材の工夫などを知る事が出来て大変勉強になりました。実際に触って確かめることができるものもありました。超かわいいコスメのデザインもあってちょっと気になっている。あれはお店に売ってるやつなのかなあ。

デザインって本当に考慮しなければならないことが多くて、それを叶える為にも膨大な資材やそれに関する知識が必要で、更に試行錯誤が必要で、ただイラストやロゴが描ければいいものでは無く、なんでこんな軽視される職業なのか全く分からない。職人の域だよ。これはとても緻密な芸術だ。守られて欲しい……。

お金にも時間にも余裕がありそうだったので本展示にも行きました。児童雑誌の企画展です。これは行って良かったわ~。教育ってそのままその当時の国を表すようで、それを勉強することは大事だな。戦中の児童雑誌でも戦争の事に触れていて、兵隊さんが出てきて、まるで憧れの的であるかのように描かれていたのがああやっぱりなと思って、なんだか少し切なくなった。

そしてその雑誌、キンダーブックは昔は全部手書きのイラストで、それが低価格で買えたのが羨ましかった。そのイラストも昔ながらの独特なカラフルな色合いで、可愛くて、でもやっぱりうめえのな。作品集と言っても本当におかしくないと思うんだよ。

決して今の時代の雑誌を下に見るつもりはないが、今ほど印刷技術や道具が無かった頃はどうしたって人の手が要って、必然と熱のこもる物が出来上がるんだよなあ。その自然さがとても好きで、便利になってくると効率や速度を得る代わりに薄らいでしまう物だと思う。それは進化の過程でどうしても必要な事だから尚更どうしようも無くて儚くて好きだなあ。良さだなあ。

なにはともあれそんな感慨にふけってきました。

なんとなく私のやりたい事が浮かんできたような、そんな気がする。

ああ今日外出て良かったな…。

電車では二冊の本を読みました。一冊目は谷川俊太郎さんの詩集。素晴らしかった。

二冊目は最果タヒさんの小説。これも口語でちょっと読みづらいけど面白い。まだ途中。

イラスト詩集とか、コミティアで実験的に出してみたい。

詩に関しては勉強すらしていないけど、言葉とイラスト。まあなんでもかんでもやってみるよ。

ハロウィンという事で今「トリックオアトリート」とレジで言って下さったお客様に飴をプレゼントというキャンペーンをやっていますが。

今日きた障害を持ったお子さんをお連れのお客様の話。

レジやっててお子さんの様子を見て、意思疎通が少し難しそうだと思い、この子にトリックオアトリートと言わせるのはなんだか酷い事のような気がして、声を掛けないようにしよう、でも他の子どものお客様には声をかけて飴を渡しているから自分の一存でそんな事したらそれこそ差別になるのでは、と悩んでたんです。

まあ私が黙っていたから一緒にレジ入っていた先輩は声をかけたんですね。でも案の定こちらを見向きもせず買った物持ってお金払ってるお母さん置いて走ってっちゃったんです。私たちはあっ、いいの?って感じでおろおろ様子を見てたんですけど、お会計終わったお母さんが「おしゃべりできないんです」ってお子さんを追いかけながらすまなそうに言ったんです。

ああ、声かけるべきじゃなかったのかな、と思った。お母様にそんな事言わせてしまって、すごく申し訳なくなった。

こういうキャンペーンもお客様の為とか言って結局健常者を想定して作られているんだなあって少し悲しくなった。

私はあの時どうしたら良かったのか。これはもう終わってしまった事で取り返しもつかない。どうにもできなかったよな。もしレジに一人だったら私あのまま黙っていただろうなあ。それはそれで果たして良いのかなあ。

障害を持った方でも人それぞれ度合いも違うし会話が成り立つ方もいらっしゃるしそうでない方もいらっしゃるし、その方に家族の方がどうやって接しているのかも分からないし、お会計をするあの一瞬だけでそれを判断して適切な対応を一人一人にするのははっきり言って無理だ。

臨機応変にできるのがロボットと違って人間の長所だがそれにも限度がある。

しかもレジなんてほぼ下っ端の仕事で経験の少ない人がやるもので。

どんなお客様が来たらこうするどうするってマニュアルがあるわけでもないし。

すごく失礼な事したよなあ。

ううん…。。。。

 

そんな事もあって。

 

ちょっと数か月前から月経に違和感があったのでスマホで調べてみたら子宮がんの兆候の疑いがあるので産婦人科にかかろうと思います。

嫌~な予感がする。身内にも子宮がんを患っている人がいるし、可能性が高い…なあ。

がんじゃなくてもとりあえず子宮らへんが多分なんか病気なんだと思う。

思ったより早く死ぬのかな私は。

なんだかそれも良いような気もしてくる。

でもまだ描きたい漫画もあるし漫画家になりたいし。やりたい事はまだある。

とりあえずどんなもんか調べてもらおう。

生きてます。

比較的元気な時は作業をするのでブログあんまり書いてませんね。

台風すごかったっすね。夢見ている間にも雨が窓に当たる音と風が木々を揺らす音がずっと聞こえていて寝たのか寝てないのか分からなかったです。

 

描きたい漫画のネタが降ってきたのでそれの資料集めなうです。

主に宇宙、惑星についてです。100均でバッと買ってきたルーズリーフでお勉強用ファイルまで作りました。これから何かしらに使えそうな気配。やはりA5は良いサイズ感。

いつも机の前に本棚があってその上に漫画たちと一緒にファイル系を置いているのですがそろそろ限界になってきました。漫画もちょっと地震起きたら雪崩を起こすこと請け合いです。

というか家具がほぼ100均でなんというかもっと個性派になりてえと思った。

正直部屋というより寝床と作業場って感じですね。

個性はともかく何はともあれ本棚が欲しい。本がベッドの物置く所まで侵食してきて困っている。

最近は本読んでないな…漫画は読んだ。宇宙の本も読んだ。もっと読まな。

電車がいい。やっぱりなんかこの部屋は集中できない。電車は本が読める。出来る事が少ないから自然と本に意識が向く。カッフェーで本はまだ読んだことが無い。カッフェーも落ち着かないんだよな。

あ、資料用にちゃんとしたおいしい紅茶を飲んでみたい。

お洒落なお店に行くのはなんだか私には敷居が高い。

服とかもちゃんとしてないと、不釣り合いになっちゃうし、あんまりみすぼらしい服着てると疑われちゃうんだよね、お金を払わない人だと。

高校・大学の時に飛び散った油絵の具がこびりついてる服がまだ何着かあって、そろそろちゃんとした服買わないとなあ…と思う。服とか一年以上買ってない…え…やばい…それはなんだかアーティスト志望としても人間としてもやばいのでは………しかも金なかったから最後に買った服も近所の古着屋だ…

今度ちゃんとした文化に触れよう…紅茶も服も。