Hyper Carronade

灰色のはい

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 新しい風が吹きました。

ずっと待っていたよ君を…。

読み返してみましたがやっぱりデジタルデータよりも両手に収まる紙媒体の方がよく見えるというか、単にコマを目で追いやすいです。デジタルだとズームしないと細かい所見えないし、ズームしたらしたでコマ全体が見えないし。本の方が逆に大きい流れも細かい所も良く見える。個人的にね。

細かい所まで良く見た結果、私の作る画面しっちゃかめっちゃかだしパース酷いしコマ割り下手だし、ストーリーや絵以外の部分での画面の作りで与える印象が、自分で描いてる途中で想定していたものと全然違う。私は絵云々ストーリー云々よりまずここを勉強するべきだと思った。

ここはこういう印象、こういうテンポにしたいからどんなコマ割りで吹き出しをどこに持ってきて絵の構図はこうしてって、漫画って論理的に考えて組み立ててできるものなんだな。全部に意味がある。必要だから存在する。

この感覚、美大にいた時にも感じたな…。一見適当な絵に見えてもなんとなくじゃないんだよな。子供の落書きと芸術の違いの一つはそこだと思う。そして私が先生に幼稚な絵だと言われたのは私の作品にはなんとなくの部分が多いからだ。太陽をなんとなく赤で塗ってるような感じだ、天気予報のマークが赤だから。なんとなく日常で植え付けられた、物に対するステレオタイプ。しかもそれを認識せずに疑問を持たずに日々を過ごしているんだから、ああ、確かに人の言う事を信じ込む「純粋」、確かに自分で考えようとも知ろうともしない「甘さ」。幼稚だ。

私が他の人の漫画を読む時、自分がストーリー考えるの好きだし多分読むのも好きだからそこばかり注目してしまう。実は絵は二の次。そして演出や画面の移り変わりなどの「漫画表現」はよほど目立つ部分以外はほぼ意識していない。

これからは意識しよう。でも意識するだけじゃ身にならないからやっぱり模写って必要だな…。全然下手下手だからなんとかしなくちゃ。

 

ところで最近バイト先の人達とツイッター繋がったので呟く内容を意識するようになってますが、私の創作ってキャラクターが勝手に動き出すタイプではなく、私自身の生活と人生がそのまま表れるタイプだからちょっと恥ずかしい。普段現在関心のある事とか気付いた事とかを顔合わせて会話するけどそれがそのまま漫画になってしまう。頭の中大公開。これは恥ずかしい。でもそういうタイプの作家なんだな自分は…。

ていうかそもそも今使ってるアカウントの相互フォロワーほぼ顔合わせた事のある人だからそんな事今更だね。前のアカウントから引き続き長い付き合いをしている人ばかり。私がどんなに鬱な事言ってもいなくならなかった最強のフォロワーたち。だからいずれこの遠慮的なものは無くなるだろうね。

という訳で生活経験人生観がそのまま出る人間だからそれらを豊かにしないと作品も魅力を帯びないのかもしれないね。

その一環じゃないけど、旅行行きたいなあ。

空木まだ日本から出た事無いから海外行きたい。でも一人で旅行行ったのそういえば茨城の一泊二日だけだ。旅行に関してまだド初心者だからいきなり海外はちょっと怖いな…。と言っても何回も旅行行けるほど稼ぎは無いが…。まずは国内、何回も言ってるけど鳥取砂丘ラクダに乗りたいな。それが終わったら同じアジアの台湾か香港へ。それが終わったら…どこへ行こう。

旅行もだけどダイバーのライセンス取ってマンタと泳ぐという人生の目標も忘れずに。そういえばバイクの免許も取りたい。

3000万円欲しいなあ。

金遣いが荒い。これは母の遺伝だろう。

買い物が好きなんですよ。商品の棚とか眺めるの好きで面白い物とかかわいい物があったら一期一会の精神で買ってしまう。楽しい。

まだ給料日から3日しか経ってないのに半分消し飛びましたからね。

いや、印刷代で4分の1、交通費のチャージとか掃除用具とかお米とか必要な物を一気に買ったから…と思いたい。いやコーヒー豆何g買ったの。

朝ご飯は時間無くていつもコンビニで買ってしまうんだけどそれを家で食べるかもう朝飯抜きかにするべきかな。

そして無駄な物を買わない。おやつも極力買わない。

いつも給料日前は金欠に喘いでいるからもっと計画的に無駄な出費を抑えるべき。ていうか貯金しろ。

消費税10%になったら一体どうなるんだ。別に時給が上がるでもなし、今の内に節約癖を付けたいけど、節約節約してるとケチ臭い人間になりそうで嫌だ…自由になりたい…。

 

同人誌イベントも正直赤字にしかならなくて、買ってくれるのも身内か数人のフォロワーさんだけでなかなか新しい人に読んでもらえないし、そもそもただ自分の暇つぶしだけの為に出始めた物だし、漫画は基本WEB公開、趣味で紙媒体にしてお布施的な立ち位置で通販。で良いかなって思う。紙媒体にするのはギャ運シリーズだけにしようかな。お布施とか言ってそれでも刷る部数少ないから単価1000円超えるから赤字なんですけどね…。でも絶対箔押し加工は譲れない。

うーん、夏ティア…。ていうか今年はイベント参加辞めようかな。短編集出したいって言って何年経ったんだろう。来年ティアは違う会場で開催自体はされるのかな?

 

 

心を楽に、楽に、って言って自分の心に悪い物をミュートにしまくってきたけどそれって逃げかなあ。

最近は辛い事から逃げて良いんだよって風潮で、我慢することが古臭い時代の考え方みたいな扱いになっている。確かに辛い事があるとパフォーマンスも下がるし自殺するくらいなら仕事なんか辞めちゃえ、アルバイトでも最悪なんとか生きていけるって思うけど、自分が望んで選んだ世界、それも技術の世界にいる中で辛いから辞める、嫌いだから避けるって甘ったれてるように思う。古い?この感じ方は。

勿論辛い経験が必ず後の成功を約束する物じゃない。報われない事がままある。報われるべきだよなあ(切実な願望)って感じで、わざわざ進んで意味のない辛い思いをする必要は無いけど、やっていく上で感じる辛い苦しい思いに過敏になってハイ辛いから辞めるーってなったら何も成せない気もする。物事も慣れとか経験を積むと違う側面を見せてくる。よく新入社員が入社一日で辞表出したとか聞くけど、入社一日で何が分かったんだろうか。今までの何か月もの就活を蹴る程の一日だったのか?ものすごいブラックだったのか?

でもまあそんなの私がどうこう言う事じゃないし辞めたけりゃ辞めれば良いんだ。私も大学中退したり一年ごとにバイト先変えてるし、傍から見りゃ弱い人間だし。人生実質たった60年くらいだし。

私は意識高い絵描きのツイートと自分を比較してツライツライちゃんなのでしばらく心が安定するまでミュート決めているけど、頑張ってる人が眩しいなら自分も周りが気にならない位頑張れば良いのに、それが出来ないから外部を遮断する事で安静を保っているという弱い人間だ。まあ攻撃性が無いだけ多少マシってレベル。自分が選んだモノづくりの道でそんな惨めな事している自分が悲しい。そういう面があるから本当は物作るの嫌いなんじゃないか?本気じゃないんじゃないか?と心の昭和生まれの上司が言ってくる。本気って別に、全てを許せるという事じゃないけど。

昔みたいに「夢中になれない」っていうのが正しいのかな。

集中力も落ちた。時間も少なくなった。ただ楽しいと思って漫画を描くだけじゃ駄目だから。歳を重ねるにつれて結果に重きを置くようになる。その歳の数だけ密度が問われるから。

自己満足で漫画描いてると思ってたけどそう考えるとある程度評価される為にやってるんだな。嫌だな。これ以上マウンティングとか競争とか自分の正当性を示す道具にしたくないな。でもそれが私にとっての「辛い事」なのであれば私はそれを黙って飲み込まねばならないのだろうか。

 

なんか自分で書いてて訳分からなくなってきた。

 

結局私は自分の選んだ道での辛い事は我慢する派って事?まあ今辛いことから逃げ続けている状況を怠慢とか、罪悪感みたいなものを感じているって事だ。

とりあえずもう少し頑張ろう。

もう少し頑張れたら、またもう少し頑張る。そしてまたもう少し頑張れたら更にもう少し頑張るんだ。一生そうしていろ。

あれ?生きるのつまんない。

 

惰性で死に損ね続けて早2年、もうすぐ3年経つけど、最近本当につまんなくて楽しみな事思い出せなくて死にそう。困ったな、これが5月病ですか。

新しい物を見ようっていう気持ちも起きない。もう人の事見るの嫌だな。でもつまんなくて暇だからツイッター開いちゃう。素敵なフォロワーたち。素敵な作品たち。素敵な物達は私に向かって早く死ねって言ってくる。

自分のやりたい事に一番近いのは自分の作品であることは確かだと、そう思って自分の事を好きになろうと思ったけどやっぱり嫌いで、でも終点を意識する必要もなくただ続けていく事が私の出来る事であるからこんな事でくよくよするのも些細過ぎて気にしなきゃいいのにって思うけどやっぱり自分の営みに終わりが欲しいと思った。多分終わりを作るとしたらそれは私の肉体の死なんだろう。

 

あー、新しい風が吹いてほしい。

早く給料日来て。漫画印刷したい。固いプリン食べたい。

今日は妹の演劇を観に久しぶりに県外へ遠出しました。

本当に久しぶりだな。というかGW10連休で死ぬほど電車混んでました。バスはそうでもないのにな。

今回の劇は「八月のシャハラザード」という演目で、前回観た飛行船帝国よりコメディ寄り、でも笑いあり涙ありのストーリーでした。今回も前回同様生と死の世界という概念が出てきたな。

劇団員の男が死に、あの世の世界へ連れて行かれそうになったが恋人への未練があって逃げ出し、時を同じくして仲間に裏切られて致命傷を負った復讐心満々の犯罪者の男と出会い、なんやかんや協力(?)し合いお互いの未練を晴らそうという大まかな概要。

妹の役がなんか私の創作漫画のアシャレットというキャラに似ていた。三~四回くらい妹の劇は見たんですが彼女影のある女性役を任せられることが多いな。

かなり劇団員側の仲間達はふざけ倒して犯罪者側はやくざしていてメリハリがあって、最後の見せ場シーンにその朗らかさと迫力が混ざり合ってからの感動で、前回よりも涙腺に来ましたね。というか慣れなのか妹を妹じゃなくて普通に役者として見られるようになってきました。きっと良い事だ。

冒頭とエンディングにかりゆし58の「嗚呼、人生が二度あれば」が流れましたが歌詞と曲調がとてもしっくり来て素晴らしかった。この曲ありきで作ったのでは?と思わず思ってしまうほどしっくり。

でもちょっと思うのが、最後のセリフ、犯罪者の人生どうだった?という問いに対する答えが肯定じゃなく最低、何も良い事なんかありゃしないだったのが、まあ皮肉と犯罪者の男に合わせた答え(伏線というか同じような問いを逆に犯罪者にしていて同じような答えを出していた)なのだろうけど、その直前で恋人との別れがあったから、彼女との思い出は「良い事」にしてほしかったという個人的な思いがあった。でも犯罪者は復讐を自分では遂げられなかったし最期が仲間に裏切られて殺されるような人生だったから、肯定してしまえばそれはそれで彼を置き去りにする事にもなるだろうし、結局この劇中の騒動で今までの人生観ガラッと変わってしまう事も無いだろうし、あれで良いんだろうけど…もやる…難しい…恋人との思い出は彼だけが大事に秘める物って事かな。というか自分が人の気持ち分からないからこういう所で躓くんだろうな。どうしたら人の気持ち分かるんだろう。

という訳で最後のセリフについては自分の創作の今後の参考にもなる課題だと思うので考えて行こうと思うけど、今までの劇の中で一番出来が良かったと感じた。

いやー、最近心が腐っていてインプットもかなり怠っていたので今日は良い刺激になった。これに触発されて創作の道に戻らないとな。

 

せっかくの遠出だったのでタダじゃ帰らねえと喫茶店をふたつはしごしました。

まずは会場の近くのエスプレッソのお店。最初に私がカプチーノありますか?って聞いたせいか、頼んだカフェラテの泡が恐らくちょっと多めだった。もうカプチーノだった。ありがたき。マグカップサイズで喫煙できて休憩には良いお店だ。

もう一つは新宿の自家焙煎珈琲 凡というお店。ここはすごい、隠れ家的な場所にあるにも関わらずめっちゃ混んでた。店員さん三人しかいなくて大変そうだった。地下にあるんですけど階段の下からもう香ばしくて甘い匂いが漂ってくる。と思ったら出口の所に焙煎機があった。

あんまりゆっくりできなかったけど、食器へのこだわりがあって、食器の説明が書いたメモまで付いてきた。コロンビアのコーヒーと黒糖シフォンケーキを頼んだ。コーヒーはポットで出てきて自分でカップに注いで飲むスタイルでした。ティーカップ約2杯半くらい。それで1200円くらいならまあ普通のお値段かな。結構温度高いように感じたけど苦すぎる事も無く香りも感じられておいしかった。やっぱりプロのは私なんかのハンドドリップとは何かが決定的に違うんだな…何かが…。シフォンケーキには綿あめが乗っかってて黒蜜垂らして溶かして食べるというお洒落な食べ方。お会計時に丁度豆の焙煎が終わったようで炒りたての豆を食べさせてもらった。しかも丁度コロンビアの豆。コーヒー豆ね…よくチョコとかにコーティングされたお菓子あるけどね。最初は本当に軽い焼き菓子みたいでおいしいんだけど、後に口の中に残るのよねコーヒー豆。唾液で溶けて行かずに苦くてぼそぼそのまま残るのよね…。美味しかったしサービス的にもめっちゃ嬉しかったけどコーヒー豆ってばそういうところあるからね…。

ただ一時間内にマグカップラテとコロンビア合わせて三杯半を飲んだからか少し気持ち悪くなってしまったね。私そんなにコーヒー飲んで気持ち悪くなるタイプでは無いと思っていたけど、思えば身内にコーヒー飲める人いないんだよね。父はサイフォン買ってたし嫌いではないだろうけどいっつも飲んでるのは紅茶花伝だし。一日の水分補給が全部コーヒーの人私しかいないわ。なのでコーヒーを誰かに淹れてあげる事も話題すらシェアすることも出来ない。ぐぅ。

 

今日はそういう日でした。私は明日から6連勤なのでGWありません。

お前何の為に漫画や絵という回りくどいツールで表現しているんだ?

見失い過ぎ。

「万人に好かれるようなもの」が作りたくて作家の真似事なんかしてんのか?売れる物作って金稼ぎたいんか?自分がちやほやされたいんか?違うでしょ。

価値のあるなしは作る側で勝手に決めるものじゃないんだよ。見た人一人一人の心に宿る不可視の物なんです。人気作品の供給はジャンプとかマガジンがやってくれるから。お前がやるのはそっちじゃない。お前は黙って己の心を抉り出して昇華させろ。まあモノづくりの世界に自分の居場所を求めているのは確かではあるけど。

自分以外の人にメッセージ的なのを伝える為に絵や漫画を描いている訳じゃない。そんなんブログで充分だ。世の中間違っていると叫びたい訳じゃない。叫びたいなら政治家とかが最適だ。じゃあ私は何の為に漫画ばっかり描いているのか?表現したいからか?でもそのやりたい表現に漫画という手法は本当に合っているのか?って言ったら疑問。ただ紙とペンさえあればできる物だから?そもそもどういった事を表現するの?表現って言うか、やりたい事って言うか。何がしたいの?

人生の中で小説でも映画でも漫画でも同人誌でも、娯楽芸術作品に感動させられた事があるし、好きな作家さんの同人誌の一冊がすごい宝物で、私もそういう「与える」作品、ひいては誰かの宝物になる作品が作れたらと思っている。メジャーじゃなくても売れない返品必至でも誰かの特別な一本になれるような作品が作りたい。誰かの心の一部になりたいのだろうか?そういう作品を作ったとして、それから?とにかく自分に還って来るものはそんなに望んでいないのでは。多分最終的に至る点っていうのは存在していないのかもしれない。ずっと作り続ける。目標みたいなのは無い。きっと飽きるまでずっと作り続けるのが私の在り方としてベストかもなあ。

嘆くなら価値や評価の事じゃなく、自分のイメージの具現化作業が滞った時やアイデアが浮かばない事であるべきだ。

この心持ちが時々ブレていつの間にか目的がすり替わってるのはなんなんだろうな。人の意見とか行動を見過ぎなのかな。私はあの人やその人にはなれない、私にしかなれないんですよ。隣の芝生が青でもうちのは灰色なの。煩悩を捨てよ。

義務教育を受けていた時分は結構健康で風邪とか滅多に引かなかったし、引いても一日で治ってしまっていたので、私の中で風邪というのはもう病気という認識ですら無かったのですが、ここ最近は季節の変わり目で体調を崩すようになりしかも長引くようになってきて、雑魚病だった風邪に猛威を振るわれて免疫力の急降下を感ぜざるを得ません。

咳って辛いですね。腹筋も痛くなるし喉も痛くなるし。

飲食店で働いているので長引かれると困ります。今日は見かねたオーナーが早退させてくれましたが、忙しいとそうもいかない訳で、なにより食物扱うのに咳したくないです。ので早く治って欲しいんですけど、いくら寝てもポカリ飲んでも薬飲んでも良くなる片鱗さえ見せない。長引きそう。季節の変わり目、三寒四温のせいもあるけど風邪ひいた先輩が休まずに出勤しててゲホゲホ咳してたからそれも絶対うつったと思う。でも人手不足の職場で休めないよなあ。おいおい地獄か。

あー今日はフォームミルクの練習たくさんしようと思っていたのに…。全然ラテ上達しなくて人権無い。今あのバイトの中で一番私が役に立たないしコミュ障過ぎてきっと私と同じシフトに入る度みんな「あーあ今日空木と一緒か、嫌だなあ」ってがっかりしてるに違いない。

っていうか面白い事とか頑張って言おうとしなくていいよね?芸人違うし。リアクションだってそんな大きく心揺さぶられる話題もそうそう出てこないし。会話してて楽しい人と私って何が違うんだろう。お客さんとすぐ仲良くなれる人と私って何が違うんだろう。

基本ローテンションで良い?許されたい。ちゃんと人の話聞くし返事するし、表情死んでるかもしれないけど自分の笑った顔大嫌いだからニコニコはしないけど、傷付けないように言葉選ぶしそういうキャラって事で許してくれないかな…。

やっぱりこういう事を考えてしまう時点で私の居住権があるのは画面上だけなのかなー。

 

コーヒーも始めたてだし音楽も途中でやめたし絵でさえ中途半端なところにいて、結局すべて表層しか掬ってなくて、私はそういう中途半端な浅い人生を送るのかなー。

もっと研究熱心になればいいのに、なれないのなんでだろ。親見てると両方何かやってたけどその道の仕事してないし、私もああいう風になる一般人DNAなのかなーと思う。

今自分が描いている漫画を例えば普通に本屋で単行本で売られていたと仮定してみると、絶対返品行きだしそもそも入荷してくれるの丸善くらい大きい本屋だけだしそれでも一冊だしアマゾンレビュー星2.5くらいで素人の作品に金出して損したって辛口レビュー頂くと思う。

ていうかイラストめっちゃうまい人が「初めて漫画描きましたー」とか言って出す漫画めっちゃうまいのなんなんだろうね。初めてで、ずっと何十本も描いてる私よりうまいってなんなんだろうね。

有名人の「おはよう」の呟きが、何か月もかけて作った私の漫画より何万倍の価値がある。

どうしたことか、全然価値あるものが作れていない。

数字ばかりが必ずしも価値の尺ではないとはいえ、簡単に作品に対して好意的なアクションを起こせる現在ではそういういいねとかいう数字はおおよその作品のクオリティを保証するものではある。

 

二十年以上なにしてたんだろ。父親に大金払わせてまで何学んだの?仕事にすることが絶対とは限らないとか言って結局出来ないしない自分をトンデモ理論で正当化したいだけじゃん。

茶店バイトで空元気にしてたけどもう効果切れ。

 

もう死ね。風邪こじらせて死ね。

家でドリッパー使って温かいカフェオレを作って焼き菓子やチョコレート菓子と一緒に飲みながら作業をする。これが今一番幸せです。こんな状態がずっと続けばいいけど先にお菓子が無くなってしまうし、カフェオレも冷めてしまう。

今は二日分の給料しか入ってないので新しい事が何もできない状態です。

実はまだカーテンさえ揃ってない状態。

お金たくさん稼ぎたいけど確定申告とかめっちゃ面倒くさいから抑えた方が良いんだろうか。所得税、住民税、確定申告、年末調整、なんでこれ学校で教えてくれなかったんだろう。税の種類しか習った覚えない。他の学校では授業あったのかな?高校は授業が選択制だったから社会系ほとんど取ってない。し、ほとんど不登校だったからもしかしたら聞き逃していただけかも。

 

最近は何でこんな漫画描いているんだろう、何の為にこんな事しているんだろうという気持ちがいっぱいです。

ただ描きたいから描いているだけでは許されない世界なのに。

漫画家諦めようかなどうせうまくないし。とか思って数ヶ月何もせずただ個人的に描きたい漫画を進めていただけ。多分今のままでも誰にも責められないと思う。

漫画家の夢……

熱意どっか行っちゃったな。

過去の選択の正当化、そのために生きてるつもりだったけど、今楽しいから視野が霞んであの時の苦しい気持ちも忘れて軽くなってる。

もっと格好つけろよ。

格好つけてる自分が一番好きでしょ多分。

もっともっと周りから見て痛いと思われるくらい格好良い事ばかりしろ。

何冷静ぶってんだ。ダウナー気取りやがって。

かっこいい物全部自分の物にしろ。

 

描けなくなることが一番怖い。それは人権を失って死ぬという事。

とりあえず投稿用の短編を書こう。ネームやりっぱなしで終わってない。

あと短編集いい加減作りたい。作ってまたコミティアに出たい。